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凜太朗と私の珍道中も、途中なんどかアクシデントこそありましたが無事に終わりました。






ご存知の方も多いと思いますが、私は別段「アウトドア派」というわけではありません。どちらかと言えば、エアコンの効いた書斎でじっと本を読んで過ごしたり、シックな空間デザインのバーで熟成されたウィスキーを転がしながら会話を楽しむほうが好きなのかもしれません。




それでも、ビジネスパーソンとして、いわゆるスーツを着てネクタイを締めた人たちと交流する機会が多いからこそ、たまにはそのような関係を忘れてただたき火をぼーっと見るだけの夜があっても良いと思ってきましたし、できれば、息子と「サシ」で無茶ができればなお良いなとも思っていました。





だから、別に行き先は四万十川でなくても良かったかもしれません。ランバージャックスの岡本さんに声をかけてもらわなければ、あるいは一生行くこともなかったかもしれません。父1人ガキ1人でのツアー参加は、岡本さんはもちろん他の参加者の方にもご迷惑をかけたと反省したりもします。つうか、カヌー勝手に流した我々を、快く救出してくださった平沼ファミリーのみなさん、あなたたちは命の恩人です(笑)。






凜太朗をさずかった時から、ブログやSNSを通じて私なりの「子育て論」を展開してきました。ご興味をもっていただいた個人や団体からお招きいただき、講演も何度か行った経験もあります。そうした中で私は、「男はもっと子育てを楽しもう」と訴えてきたのでした。




時代の流れなのか、休日に子供のおむつを換えたりだとか、多少料理や掃除などの家事を行う男性を「イクメン」と称してもてはやす風潮があります。もちろん悪いことではありません。できないより何でもできるほうが、男性だって女性だって良いに決まっています。ただ、私はそんな子供だましみたいな程度で「子育て」を語って良いのだろうかという疑問が、ずっとある。






逆説的に言えば、はっきり申し上げて男たちはナメられているのではないか。






おむつなんてね、2度3度やったらアホでもできるようになります。その程度のことができたくらいで「お宅のご主人すごーい!」とか言われて、あなたはそれで良いのですかと私は言いたい。






女性に、子供を育てるという人生最大のエンターテインメントを独占させるのは、そろそろ終わりにしませんか。





何も日本中のママたちに喧嘩を売ろうというのではありません。自分の子供を、男女で一生懸命育てて行こうという、良い時代になってきたのです。そのためには、どうせなら子育ては50・50(フィフティ・フィフティ)でやったほうが結局ラクなんです。




それでも、男と女で役割だとか”向き不向き”というのはあるでしょう。たき火をしたり外で虫を捕まえて遊ぶというのは、父親のほうが向いている気がします。そのようなチャンスを、私は男として見逃したく無いのです。





作家の日垣隆さんは、3人のお子さんの子育てを綴った名作「子どもが大事!」でこう記されています。




《富士山型のラインを思い浮かべてください。右肩あがりの上昇期には、子どもは親に全面的に依存しています。頂上にあたる短い最盛期は、子の小学生プラスα(アルファ)と考えてもいいでしょう。それぞれの家庭史における下降期は、子どもたちが自立をめざして巣立っていく課程です。(中略)ですから、親としてできることは、また為すべきことは、家族の短い歴史を自覚し、最盛期を延長することです。いいかえれば、子どもが家を離れ経済的に独立していくまで、親が責任をもって子を監督すること、そしてそれを楽しむことです。俗っぽくいえば、お前は俺(私)のもんだ、と。》(日垣隆著「子どもが大事!」 信濃毎日新聞社)






いささか心配が多い凜太朗ですが、つい昨日まで泣きながら幼稚園に通っていたと思っていたのに、四万十では小学5年生の子と仲良くさせてもらい、まるで子分のように私から離れて遊んでいました。






いつの間に。





この子もあっという間に中学生とかになって、あっという間に家に帰ってこなくなってくるでしょう。子供を自立させるのが親として最大の務めというなら、それは喜び以外の何ものでもない。でも、ちょっぴりさみしい気がしないでもありません。それが人情というものでしょう。






だから、今「最盛期」を迎えているこの子と私の関係を、私自身がおもいっきり楽しむのは、とても重要なことだと考えてきました。有料メールマガジンでも記しましたが、「息子さんと2人であんな経験をなさって、ホント子供思いですよね」とお褒めいただく事がありますが、正確にはそれは違います。あくまで、親である私が勝手に楽しんでいるだけです。それ以上でも、またそれ以下でもありません。




凜太朗は環境の変化にとても弱い子だと言われてきましたし、妻も私もそう思ってきました。いや、今でも思っていないわけではありません。ただ、少なくともお父さんと2人っきりで、見たことも聞いたこともない土地で、知らない大人や子供たちと、数日に渡って「暮らしてみた」経験を見る限り、とても弱い子ではないと確信した次第です。




帰りの車は、行きの3割増しでおしゃべりが盛り上がりました。それは、四万十の夜空を埋め尽くした星のようなキラキラした体験談を、息子と私とで共有できたからだと思います。父親は、母親とちがって「息子と友達になれる」という、恵まれた性を授かっています。この事を、心からありがたいと思いました。






「なぁなぁ。お母さんも良いけどお父さんといっぱい遊んで楽しかっただろ?」






快晴の瀬戸大橋を走行しながら凜太朗に質問してみたところ






「えー、はやくお母さんにあいたいよ〜」






と甘えた声で答える凜太朗。理想的な父親への道は、遠く険しいのです(苦笑)。








おしまい。
by ANB27281 | 2012-05-26 17:41 | ブログ

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あさ目がさめると、みどり色のふくろの中でお父さんとぼくは寝ているのに気がつきました。お父さんは行きの車のなかでなんかいも「お母さんがいなくてもちゃんと眠れるか?」としんぱいしてくれました。まえも書いたけど、こんかいの旅行中、お父さんは今まで見たことないようなしんぱいそうなかおと、それから見たことないようなたのしいかおをしていたとおもう。どうしたんだろう。






だいたい、お父さんはぼくのことを子ども子どもってバカにするけど、もう小学生なんだからホントはおとなみたいなもんだとおもってる。川でかおをあらうのもこわくないよ!「5月の四万十の気候は心が洗われるなぁ」と、お父さんはひとりごとを言ってた。こころをあらうってどういうことだろう?











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朝ごはんをみんなで食べたあとは、しまんと川でカヌーにのってあそぶことになっていました。帽子をかぶったおじさんが、カヌーののりかたをおしえてくれて、お父さんはいっしょうけんめいきいていた。ぼくは、そんなことより早くカヌーにのってあそびたいとおもうのに、なかなか乗れずイライラしてきました。






5月のしまんと川は、まるで天然のプールのようです。きゅうなながれのところもほとんどなくて、お父さんのおぼえたてのこぎ方でもスイスイときもちよくすすんで行きました。お父さんはカメラを水がはいらないようなふくろにいれて、カヌーのうちがわからさつえいしようと楽しみにしていました。たぶん、ぼくのようすをお母さんに見せたかったのだと思う。お父さんはそういうのがすごく好きなところがある。ぼくや京ちゃんのかおをしゃしんにとって、よくお母さんと笑っているもの。






ジケンがおきたのは、カヌーにのって1じかんくらいしたころでした。川がぐにゅ〜とまがっているところで、ながれが少しはやくなるところがあったんだけど、そこでまちがってぼくとお父さんが乗るカヌーがひっくりかえってしまった!




ぼくとお父さんはあたまから川にどすーん!というかんじでほうりこまれて、ぼくは足が川ぞこにつかないのでしぬかとおもいました。お父さんは泳ぎがとくいでは無いから、たぶんもっと死ぬかと思ったかもしれない。「凜太朗〜〜〜っ!」とものすごく大きなこえを出して抱きかかえてくれましたが、たいせつなカメラはふくろごと川にながされてしまいました。







でも、ここだけの話、僕はスイミングスクールでいつもれんしゅうしているので、最初だけびっくりしたけどホントは川でおよぐのもわるくないなと思いました。お父さんは、その後またカヌーにのってから何度も「凜太朗大丈夫か?ごめんよ・・・」とあやまってきたけど、そんなにあやまらなくてもいいのに。だって僕もうおとなだから。








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ゆうがたまでに、僕たちは12キロものながいきょりを川くだりしました。ゴールにつくと、おばちゃんたちがカレーを作ってくれていて、カレーができるまでのあいだに、川でおよいで遊んだりしました。2日めは、おとなも子どももふえて、ぼくはおにいちゃんたちにいっぱい遊んでもらった。自分たちで火をおこして、おにいちゃんがつった魚をやいて食べたりもしました。火は、さいしょこわかったけど、ものすごくこうふんしておもしろかったです。帰りの車のなかで、「たき火であそんだのが、ぼくいちばんおもしろかったよ!」とお父さんにおしえてあげたら、お父さんもよろこんでた。「大人になると火を使わない火遊びもあるんだぞ〜(笑)」というけれど、僕にはまだよくわかりません。











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それにしても、お母さんのつくったカレーがせかいいちおいしいと思っていたけど、キャンプで食べたカレーのおいしさには心からびっくりしたね。「お前その顔最高だな(笑)」と、お父さんもおおよろこびでした。お父さんも、こんなにおいしいカレーを食べればいいのに、ビールをのんだりウィスキーをビンごと飲んだしして笑ってばっかり。おとなってバカだなあ。













つづく。
by ANB27281 | 2012-05-25 16:48

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お父さんが「大きな川に遊びにいこう」とさそってきました。おとうとの京ちゃんは川とか虫とかがだいすきだけど、ぼくは正直あまり興味がありません。でも、お昼ごはんを食べさせてくれるというので、それならいいかなと思っていくことにしました。




お母さんやちかこもいっしょだと思っていたのに、行くのはお父さんとぼくだけでちょっとしんぱいです。おとうさんは、車をうんてんしながら「小学校で仲の良い友達はできたか?」「給食で嫌いな食べ物が出てきたときはどうしてるの?」「集団登校のとき、いっつも凜太朗をいじめてくるコがいるだろ。あれ、どうしたら良いと思う?」と質問をいっぱいしてきましたが、ぼくはあまりふかく考えたことがないので、てきとうに答えておきました。おとうさん、なんだかいつもと少しちがってみえます。






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おみせにガチャガチャがあったので、お父さんにお金をだしてもらってあそびました。普段のおとうさんはケチなのでめったにさせてくれません。この日はやたらとやさしいお父さんです。「お母さんにはナイショだぞ」といっていました。ぼくはないしょごとが苦手なのに。










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車で7じかんもはしりました。おしりが痛くて、とちゅうなんかいも休憩しました。見たこともない大きな橋をわたったら、みちにヤシの木とかが生えているところについたので、ぼくはてっきり外国にきたのだと思いましたが、「ここは四国だ」とお父さんがいいました。ちなみに、そのとき通った橋は「せとおおはし」というのだそうです。ずーっとずーっと車ではしって、くねくねまがった山道をゲロをはきそうになりながら走ったら、今までみたこともない川が流れていました。





「あ、たぶんあのテントだぞ」





とお父さんはいいました。「お父さんのお友達の岡本くんという男の人がいます。そこの家族の人や、他にも家族の人たちがやってきて、今日からここでキャンプをします。キャンプというのは、お外で泊まりながら、魚をつったり川で遊んだりすることです。料理も、お外でみんなで作ってみんなで食べます。カヌーという船で、川下りという遊びもします。」と、車の中でせつめいをきいていたので安心です。お父さんとお母さんは、いつもと変わったことをするときは、いつも「何時に・どこで・だれが・だれと・何をして・それはいつ終わって・その後どうする」とせつめいしてくれます。ぼくは、きいていないことをやったり、よていが急に変わるととてもふあんになってどうしたら良いのかわからなくなってしまうからです。







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ごろごろした石がいっぱいありました。皆生の砂浜とはずいぶんちがうなあ。ずっと車にのっていたので、石をなげたりして遊びます。








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夜は、大人といっしょにたき火をかこみながらご飯を食べたりおしゃべりをしたりします。すっごくこうふんしました。









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テントで寝るのははじめてだったので、少しきんちょうしました。大人が、たき火のまわりでお酒をのみながらおしゃべりをしていてぜんぜん眠れません。めいわくだったので「しずかにしてください!」と怒ったのに、笑ってきいてくれませんでした。大人はいつもかってです。すこしムッとしましたが、目をつむっていたら眠りにおちました。夢のなかに、やさしいお母さんがでてきて、ぼくは少しおかあさんに会いたくなりました。







つづく。
by ANB27281 | 2012-05-23 15:08 | 恐るべき子供たち

鳥取県米子市で営業する、スバル代行社長の個人的なブログです