アンアンのセックスできれいになれた?

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《いま、アンアンのHPを見ると「ホンネのネ」という小さいロゴが入っている。クリックすると「彼女になったら、のびるタイプです私」「2人でいると節電できるね」「年下の恋人をつくろう」といったコピーが浮かびあがってくる。とはいえ、私にはもはやアンアンという女の顔がよく見えない。アンアンの本音が、どこにあるのかよくわからない。というか、ホンネのネって何だ。今のアンアンは、時代の先端を率先して進むような華やかさはない。女の仕事や女のセックスや女の生き方を提案する熱さはない。セックス特集では、過激な保守路線に走ったかと思えば、最近は毎号のように韓流アイドルの肉体美を見せている。近年のアンアンで目立ってヒットしたのは、「断捨離」特集だろう。断る力、捨てる力、離れる力、三つの力で人生をシンプルに生きようという提案は、以前ならば「シンプルがオシャレだから断捨離しよう!」というノリだったはずなのだが、断捨離、というどこか仏の香がするイメージと同様、生きるのが苦しそうな人たちを優しく導くような修行のような提案だった。まるで、断れない捨てられない離れられないことが現代の病のようである。だからだろう、断捨離も楽しい提案というよりは、よりよい人生を真面目に歩むための自己啓発にみえてしまうのだ。40代になっても自己啓発に依存し、どんどん物を捨てまくり、誘いを断りまくり、がらんとした部屋に住む女なんて、ちょっと哀しいじゃないか。友だちになんかなりたくないじゃないか。アンアンがどんな女になったのか、40歳のアンアンがどんな女なのか、私にはよくわからなくなっている》
(「アンアンのセックスできれいになれた?」P.195〜196 北原みのり著 朝日新聞社)




日本女性のセックス観はどう変遷してきたのか?「アンアンのセックスできれいになれた?」はこちらから。



古い読者の方にはご存知の人もいるかもしれませんが、私は雑誌「an・an」のセックス特集を、過去7年間ブログで毎年のようにで批判してきました。それは、もちろん女はセックスを語るんじゃないという意味では全然無かったし、また反対に女性はもっと性に貪欲であるべしという、リベラル(?)な気持ちとも必ずしもいっしょではありません。そうではなく、この我が国でもっとも歴史がある「女のセックスを語るメディア」が、何か急に音を立てておかしくなってしまっているのではないかという、拙いながらも“予感”があったからだと思います。




著者の北原みのりさんは私の4歳年上の女性。女として、40年間の「an・an」を丁寧に解説しながら、89年の「セックスで、きれいになる」特集をピークに「an・an」がどのような路線変更をしてきたのかを知るのは、ミステリー小説を読むスリルさえ感じました。自らを「バイブ屋」と語る北原さんは、“怒りの人”。女を、それ以上に男を。今の「an・an」にも、「an・an」に登場する文化人やAV女優にもとても怒っている。それはとりもなおさず、「女の性」を解放したいという、彼女の情熱の表れなのではないでしょうか。




個人的には、私の周りの女性は多少の例外を除いて、もっと大らかに、たおやかにセックスを楽しんでいると思っているので、正直「何もここまで?」という違和感も無いではありませんが、それは私が鈍感な男性だからなのかもしれません。女性のためのアダルトグッズショップの代表が、「an・an」のセックス特集を通して語った内容は、愛のないセックスの容認や気持ちの良いマスターベーションの解説だとかセックスのテクニック指南といった現場と通り越し、日本の戦後から現在までの「女の文明論」でさえある。そんな感想を持ちました。
by ANB27281 | 2013-05-21 10:44 | レビュー

鳥取県米子市で営業する、スバル代行社長の個人的なブログです