デフレ化するセックス

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彼女たちがカラダを売る仕事を選んだ理由(わけ)は?「デフレ化するセックス」はこちらから。









若い女性を中心に、性に対する意識が低下していると言われています。








・・・そうなのでしょうか?




いわゆる良識派と呼ばれる人が、例えば新聞の投稿欄などで「最近の若い女性は・・・」「昔はやまとなでしこという言葉があって・・・」などと発言するのを目にする度に、言いようのない違和感を私は抱いています。




“最近”とはいつなのか?若輩者の私の拙い経験でなんですが、女子高生のいわゆる「援助交際」問題や、ルーズソックスや自ら履いていた下着が高額で取引されているという事実がマスコミで報じられるようになったのは90年代です。あれから20年以上がすぎた現代の女学生たちは、もっと性に対するモラルが低下していると断言していいのか。



また、“昔”というのはどの程度“昔”なのか。やまとなでしこの定義とは?明治から大戦に負ける昭和の中ごろまで、確かに結婚するまで女は処女を守るべしという考えが強かったわけですが、しかし売春は合法な娯楽の1つであり、それは男尊女卑だからという一面があったとはいえ、しかし母親たちは年頃になった可愛い息子を、“筆おろし”の儀式を果たすためにお金を持たせることもあったわけです。さらにいえば、平安から江戸の太平まで、好きあった者同士ならいっしょに寝て何が悪いという考えが一般的だったのはみなさんご存知でしょう。そのような“昔”は、今より性に対する意識が低かったのか否か。





フリーライターの中村淳彦さんの前作「職業としてのAV女優」を山陰経済新聞の書評欄で紹介した際、私は「この本は、アダルトビデオ産業を切り口にした、ある種の文明批判だ」と書きました。アダルトビデオ産業は、今や若い女性にとって暗く特別な世界ではなく、明るく人気の職種になったと言われます。その分競争率も激しく「脱げば誰でもなれる」仕事でもなくなった。一流女優と呼ばれるようになろうと思えば、壮絶な努力と才能が必要な世界です。そうだとしたら、アダルトビデオに限らず、メジャーな性風俗産業の多くを取り上げた本作は、当然文明批判としてよりリアルな、好むと好まざるとに関わらず身近な問題として、私たちにある種の厳しい現実を投げかけてきます。





《現在、AVや風俗、個人売春の市場から見えてくるのは、女性たちを襲っている決定的な貧しさである。今まで平和と言われていた日本で「売春する女性の貧しさ」という言葉からイメージするのは、物欲主義や金本意主義からくる“心の貧しさ”であり、またシングルマザーや多重債務者など、決定的な原因のある金銭的な貧しさだった。

だが現在、カラダを売る女性たちは、学校を卒業して普通に毎日働き、また心が貧しいわけでなく、普通の生活を送ってきた女性たちが溢れている。かつてのようなネガティブな理由はなにもない。普通に生きているはずなのになぜかつまずき、「最後の手段」であるカラダを売って、明日を迎えることを考えている。

例えば「地方から上京して一人暮らししながら、私立大学に通っているから」「やりたいことを見つけて転職したが、試用期間中で給料が少ないから」など、過去では考えられなかった理由で女性たちはカラダを売っている。東京の大学に通うことも、賃金の低い職業を選んで就職することも自己責任の範疇ではあるが、大きな違和感を覚える》
(中村淳彦著「デフレ化するセックス」 宝島社新書P.4〜5)




著者は、そうした違和感に分かりやすい回答だとか結論を示しているわけではありません。ライターとして、ただただ淡々とデータをひろい、現場を取材して、1冊の本に仕上げてくださいました。




簡単に結論が出せる問題でもありませんし、私たちが住む現代日本というのは、明確な答えを見つけられないところにまで来てしまったのかもしれません。いずれにせよ、現代の性風俗・性サービス産業、性に対する意識に「けしからん」とか「子供には見せられない」といった、思考停止のままで良いわけが無いのは確かでしょう。現代の性風俗産業を知る一級の入門書から、カラダを売る女性(とそれを買う男性)を、社会問題として考えてみたいと思っています。
by ANB27281 | 2013-01-26 10:30 | レビュー

鳥取県米子市で営業する、スバル代行社長の個人的なブログです